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高松高等裁判所 昭和60年(ネ)161号 判決

控訴人 香川鉱業株式会社

右代表者代表取締役 阿部定男

右訴訟代理人弁護士 近石勤

同 井上昭雄

被控訴人 スナミ商船株式会社

右代表者代表取締役 須浪民之助

右訴訟代理人弁護士 中村忠行

同 熊川照義

同 海老原照男

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求(当審において訂正後のもの)を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一申立て

一  控訴人

主文同旨の判決

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は、控訴人の負担とする。

ただし、被控訴人は、当審において従前の「控訴人は、被控訴人に対し、控訴人会社の第一一期(昭和五二年四月一日から翌年三月三一日まで)から現在までの日記帳、仕訳帳、元帳及びこれらの附属書類を閲覧させよ。」との請求を「控訴人は、被控訴人に対し、控訴会社の昭和五三年四月一日から本件控訴審の口頭弁論終結時までの日記帳、仕訳帳、元帳及びこれらの附属書類を閲覧させよ。」と訂正した。

第二主張

一  請求の原因

1  控訴人は、採石等を目的とする株式会社であるが、昭和五五年七月二四日現在の発行済株式総数は三万株であり、被控訴人は右時点において控訴人の株式二万株を有していた。

2  控訴人においては、昭和五五年三月三一日現在の決算で、金一億四五〇〇万円もの莫大な債権償却引当金が計上され、また、昭和五五年六月二七日開催の取締役会で当時三万株であった同社の株式を一〇万株に増資することが決議された。こうしたことから、被控訴人としては、①前記債権償却引当金が発生した理由及びその内容、②増資を決定した経緯及びその必要性の有無並びに増資によって得た資金の使途を調査する必要が生じたほか、控訴人が、昭和五三年八月一一日付で当時の代表者であった鎌田道海の経営する訴外鎌長製衡株式会社から宅地を買い取った上で建物を新築したことについて、その必要性及び売買契約の内容などについても調査して、控訴人の会社財産が適正妥当に運用されているかどうかを調べる必要があった。

右の目的を達するためには、当該年度だけでなく、少なくとも、後記閲覧請求した年度の二年前である昭和五三年度から本件訴訟の口頭弁論終結時までの間の控訴人の日記帳、仕訳帳、元帳及びその附属書類を閲覧する必要がある。

《以下事実省略》

理由

一  控訴人は採石等を目的とする株式会社であること、控訴人の昭和五五年七月二四日現在の発行済株式総数は三万株であること、被控訴人が、昭和五五年七月二四日、控訴人に対し、商法二九三条ノ六の規定に基づき書面によって本件閲覧請求をしたことは、いずれも当事者間に争いがなく、被控訴人の持ち株数についても、被控訴人が、昭和五五年七月二五日現在、株主名簿上控訴人の一万株の株主であったことの限度では争いがない。

二  被控訴人は、本訴において、右の昭和五五年七月二五日にした本件閲覧請求に基づいて請求の趣旨記載とおりの帳簿書類の閲覧を求めるものであるが、控訴人は、本件閲覧請求の請求書(甲一号証)には、閲覧の対象が特定されておらず、閲覧の目的も極めて抽象的にしか記載されていないので、右請求は、商法二九三条ノ六に規定する閲覧請求としての要件を備えていないと主張する。

《証拠省略》によれば、

1  被控訴人が昭和五五年七月二四日に控訴人に提出した書面(甲一号証)の記載内容は、別紙記載のとおりであったこと、

2  被控訴人会社代表者須浪民之助は、同年八月一二日、会計士を同道の上、控訴人会社に赴き、先に書面でした控訴人の会計の帳簿及び書類について閲覧及び謄写をさせるように求めたが、控訴人の従業員である時耕輝吉は、代表取締役が不在であることを理由に当日は右の閲覧及び謄写を認めることはできないと説明して、これに応じなかったこと、

3  控訴人は、翌一三日、右閲覧請求に対する控訴人の回答として、書面(乙三号証)で、先に提出された閲覧謄写を求める書面(甲一号証)では、①閲覧謄写を求める対象について具体的な特定がされていない、②閲覧の目的が具体的に明らかにされていない、と指摘し、さらに、右閲覧請求は、これまでの諸般の事情に照らして、株主としての権利確保又は権利の行使に関して調査するためのものではないと思料される旨を付記して、これらの各事項について回答を求めると共に、その回答を得てから本件請求に対する控訴人の態度を決めるつもりである旨を通知したこと、

4  右書面はそのころ被控訴人に到達したが、被控訴人は、これに対しては何らの回答あるいは釈明を行わないまま、右書面(乙三号証)の到達から約二月半ほど経た昭和五五年一一月一日、控訴人は本件閲覧請求に対して閲覧を拒否しているとして本訴を提起したこと

が認められる。

ところで、商法二九三条ノ六の規定に基づく帳簿閲覧請求を行うに当たっては、その理由を掲げるべきことが要件とされている(同条二項)が、右の理由の記載は具体的でなければならない。法がこのように理由の付記を要求した趣旨は、会計の帳簿又は書類を閲覧又は謄写(以下「閲覧等」という。)させることは、会社運営上極めて重大な事柄に属するところから手続を慎重にさせるとともに、相手方である会社において、閲覧等に応ずべき義務の存否又は閲覧等をさせなければならない会計の帳簿及び書類の範囲などの判断を容易にすることにあると解されるからである。

次に、右の閲覧請求に当たって、閲覧請求書に、閲覧請求の対象を具体的に特定して記載する必要があるか否かを検討する。

閲覧の対象となる会計の帳簿又は書類は、会社がその企業活動を行うために自ら作成しあるいは他から取得して保管しているものであって、その所有権及び文書の管理権はもとより会社に属するものであるが、法は、株主が会社業務の運営を適正に監督するなど株主の権利を適切に行使するための前提として会社の経理状況を正確に調査できるようにするため、一定の要件の下で、会社のこれらの会計の帳簿又は書類に対する管理権を制限して、株主に対しその閲覧等をさせるべきことを義務付けたものである。したがって、株主の調査の目的と関係のない会計の帳簿又は書類についてまで、会社が閲覧等を受忍しなければならない実質的な理由は見出だし難く、会社はこのような無関係な帳簿又は書類については株主の閲覧等の請求を拒絶できるというべきである。

ところで、会社が右のごとく調査目的と無関係な会計の帳簿又は書類の閲覧等を拒絶できるとしても、株主は、一般に、調査したい事項に関して会社がどのような帳簿書類を有しているかを事前に把握し難いから、請求者の側では閲覧請求書には閲覧の目的のみを示せば足り、右目的に関係のないものについては、会社の側においてその旨を立証して請求を拒むべきものであるとする考え方がある。

しかし、会社が備え付けるべき書類のうち重要なものは法定されており、また、請求者は、閲覧請求を行うに当たって、弁護士、公認会計士、税理士など専門家の助言を求めることが可能であることなどを考えると、いちがいに調査の目的実現に必要な帳簿書類を請求者の側で特定することが困難であるとはいい難い。

むしろ、前述のとおり商法二九三条ノ六所定の要件を備えた株主といえども調査の目的と関係のある範囲で会計の帳簿又は書類を閲覧又は謄写できる権利を有するにすぎないから、会社の側において積極的に当該帳簿又は書類が調査の目的とは関係がないことを立証しない限り、一般的に会社の帳簿又は書類を閲覧等に供さなくてはならないと解することは、そのような不利益を会社に課するだけの実質的な根拠を欠くものである。加えて、一般に相当量に達すると思われる会計の帳簿及び書類のすべてから調査目的に関係あるものを除いた全部について、会社が、調査目的と無関係である旨を立証しなければならないというのでは、会社は極めて広範な範囲の立証義務を負うことになって、実際の手続上も衡平を欠き、妥当でない。

また、会計の帳簿又は書類は、会社が他に知られたくない各種の事項についてもそこから読み取ることができる場合が多く、また、その性質上、当該の調査目的に関する部分とそれ以外の部分とを物理的に分離できないことから、調査に無関係な部分までもが調査者の目に触れるおそれもある。このようなことから、商法二九三条ノ六に規定される帳簿閲覧請求制度は、会社と株主の利害が尖鋭な対立を引き起こしやすい制度であり、法が、帳簿閲覧請求権を、単独株主権とすることなく、発行済株式総数の一〇分の一以上の株式を有する株主に限定し(商法二九三条ノ六第一項)、請求の手続は理由を付した書面で行うこととする(同二項)など株主の濫用を抑止する方策を定める一方、会社についても、閲覧拒絶事由を明示して、拒絶できる場合を一定の場合に制限した(同条ノ七)上、不当に閲覧請求を拒否した取締役には過料の制裁を課することとしている(同法四九八条一項三号)のも、こうしたことを前提としているからであると考えられる。したがって、このように鋭く利害の対立が予想される相手方に、第一次的に、調査目的に必要であると考えられるすべての会計の帳簿又は書類の提出を選択させてこれを閲覧等に供させるというのは実効性が期待し難い。その上、この場合でも、会社の帳簿書類の提出が不十分であれば、関係取締役は過料の制裁を受けるべき立場に置かれるが、このような解釈は、会社の側に一方的に重い負担を課する結果となって妥当でない。

のみならず、請求者は会社が右請求に応じない場合は、裁判所に訴えを提起してその実現を求めることになるが、この場合には、請求の特定及び執行の可能性の両方の観点からして、請求者において対象となる帳簿書類を特定しなければならないはずであるから、会社に直接請求したときにだけ前述のような解釈をとるのは、一貫性に欠けると言わざるを得ない。

以上のことからすれば、法は、閲覧等の請求書に、例えば何年度のどの帳簿というように閲覧の対象を明示して請求することを当然の前提としているものと解するのが相当である。

そこで、以上を前提として、本件閲覧請求の適否を検討する。

本件閲覧請求は、被控訴人が昭和五五年七月二四日に控訴人に提出した請求書には、閲覧の目的として「新株の発行その他会社財産が適正妥当に運用されているか」と記載されているにとどまり、閲覧の対象については「貴社の会計帳簿及び書類」としか記載されていない。右の閲覧の目的のうち「新株の発行」は一つの例示であり、目的はそれに止どまらないと解されるから、結局、被控訴人が目的として明らかにしたのは「会社財産が適正妥当に運用されているかどうか」という極めて抽象的な事項であって、これでは、被控訴人が本訴提起後に原審及び当審で主張したような事実摘示第二の一2記載の目的を窺い知ることは困難である。したがって、右の程度の記載内容では、閲覧請求の目的を具体的に示しているとは到底いえない。また、閲覧の対象については、なんら具体的に特定されていない。

したがって、被控訴人が昭和五五年七月二五日にした本件閲覧請求は、商法二九三条ノ六の規定に基づく閲覧請求としての要件を具備しているとは認め難い。

なお、被控訴人は、本訴の訴状において、閲覧の目的及び閲覧の対象を一応具体的に主張したが(もっとも、本判決事実摘示のごとく被控訴人の閲覧目的に関する主張及び閲覧の対象の特定がされたのは、昭和六〇年三月八日午前一一時五〇分に開始された原審第一七回口頭弁論期日以降である。)、控訴人から請求書の補正を促す通知を受け取りながら、これを無視し右の点の補正をせず、かえって控訴人は不当に閲覧請求を拒んでいるとして本訴提起に至ったという本件の事情の下では、右の本訴提起後の被控訴人の主張によって当初の閲覧請求の補正がされたと理解することは、余りにも時機に遅れた補正を認めることとなり、かつ、被請求者である会社の立場を著しく不安定なものにするものであって、到底許されない。

三  以上の次第であるから、被控訴人の本訴請求は、その余の点について判断に及ぶまでもなく理由がないものというべく、これを認容した原判決は失当であり、本件控訴は理由がある。

よって、原判決を取り消して、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柳澤千昭 裁判官 福家寛 市村陽典)

〈以下省略〉

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